食器撮影は「物撮り」ではなく「ライフスタイル撮影」― なぜ“使われていない器”は売れないのか ―
- 笙子 太田
- 6 日前
- 読了時間: 4分
食器の商品撮影やEC用写真を見ていて、こんな違和感を覚えたことはないでしょうか。
「形はきれいなのに、なぜか欲しくならない」
「高級なはずなのに、価格の理由が伝わらない」
この原因の多くは、器を“モノ”として撮ってしまっていることにあります。
私はフードカメラマンとして、料理撮影・食品撮影・商品撮影を数多く行ってきましたが、ラグジュアリー路線や高単価の食器ほど、
物撮り的な写真が致命的に合わないと感じています。
なぜなら、高価格帯の器は「形」ではなく、
その器がある時間や体験にお金を払う商品だからです。
人の気配がない写真は、なぜ弱いのか
完全に整えられた器。
指紋も影もなく、完璧な状態。
一見、非の打ちどころがない写真ですが、見る側の心はあまり動きません。
なぜか。
それは、そこに人が存在していないから。
人は商品写真を見るとき、無意識にこう考えています。
「これは、私の生活に入るだろうか?」
「この器を使っている自分を想像できるだろうか?」
人の気配が一切ない写真は、“きれい”ではあっても、
自分の生活との接点が見つからないのです。
特にラグジュアリー商品では、この距離感がそのまま
「高いけど、よく分からない」という印象につながります。
手・影・余韻が入るだけで、印象は一変する
面白いことに、ほんのわずかな要素を足すだけで、器の印象は驚くほど変わります。
・カトラリーが少し触れた跡
・テーブルに落ちる手元の影
・食後に残った余白
・片付ける直前の一瞬
これらは決して主張しません。でも、写真に時間の流れを生みます。
「誰かがここにいた」
「この器は、ちゃんと使われている」
そう感じた瞬間、器は“商品”から生活の一部に変わります。
これは料理撮影や食品撮影とは違い、食器ならではの大きな強みです。
海外ブランドが必ず「使用後カット」を入れる理由
海外のラグジュアリー食器ブランドや、高価格帯のテーブルウェアを見ていると、ある共通点があります。
それは、必ずと言っていいほど“使用後”のカットが含まれていること。
・食事が終わったあとのプレート
・少しだけ残ったソース
・ワイングラスの水滴
・ナプキンが無造作に置かれたテーブル
これらは、決して雑ではありません。
計算された「使われたあと」です。
海外では、「新品・無垢・完璧」よりも、
「どう使われ、どんな時間を生むか」が重視されます。
だからこそ、使われていない器だけを並べた写真は、“ショールーム的”で、購入の決め手になりにくいのです。
私が必ず1カット入れる「使われたあと」
私自身、食器の商品撮影では、ほぼ必ず入れるカットがあります。
それは、いちばん整っていない瞬間。
・料理が少し減った状態
・完全な盛り付けではない
・次の一皿を待つ途中
このカットを入れることで、写真全体に「前後の物語」が生まれます。
最初の1枚目で世界観を伝え、途中で使われている様子を見せ、最後に“余韻”を残す。
この流れがあるだけで、器は「選ばれる理由を持った商品」になります。
食器撮影は「ライフスタイルの提案」
ここまで読んでいただくと、お気づきかもしれません。
食器撮影は、形を正確に伝える作業ではなく、
どんな暮らしを提案するかの仕事です。
特にラグジュアリー路線・高単価商品では、
きれい=売れるではなく、
使いたい=納得して買う
この構図がはっきりしています。
だからこそ、食器撮影は「物撮り」では終われない。
まとめ:「使われていない器」は完成形ではない
新品で、無傷で、完璧な器。それは、あくまでスタート地点です。
器が本当に輝くのは、誰かの時間を受け止めたとき。
もし今、「写真は整っているのに、価格に説得力がない」と感じているなら、
それは“使われる前”で止まっているサインかもしれません。
器を売るのではなく、器のある暮らしを見せる。
それができたとき、高単価の食器は、きちんと選ばれる商品になります。
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フードカメラマン 太田笙子(食器撮影/商品撮影/料理撮影/インバウンド・海外展開向けビジュアル設計)






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