なぜAIで作った料理写真には抵抗を感じる? フードカメラマンが考えた『本物』と加工の境界線
こんにちは。インバウンド・海外展開に特化したフードカメラマン、太田笙子です。
少し前に、生成AIで作られたメニュー写真について記事を書いたところ、思っていた以上にたくさんの反応をいただきました。
「やっぱり食べ物のAI画像には抵抗がある」
「どこまでが加工で、どこからが“偽物”になるんだろう」
「これから普通になっていくのかな」
そんな話をいろいろな方としていて、私自身も改めて考えるようになりました。
なぜ、人の写真はかなり加工されていても受け入れられるのに、食べ物になると「AIで作った」と聞いた途端、抵抗を感じる人がいるんだろう?
最初は単純に、「食べ物は口に入れるものだから、人工的なものに抵抗があるのかな」と思っていました。
でも、ふと思ったんです。
これ、AIが出てきてから始まった話じゃないよな、と。
AIが登場するずっと前、Photoshopなどを使った「合成」の時代から、食べ物の写真が合成だとわかると嫌がる人はいたように思います。
「この料理、実際にはこの状態で存在していないんだ」とわかった瞬間、なんとなく冷めてしまう。
だとすると、私たちが抵抗を感じているのは「AI」そのものではないのかもしれません。
人物写真は、ずっと「加工」と付き合ってきた
人物写真について考えてみると、私たちはかなり長い間「実物そのままではない写真」を見てきました。
雑誌のレタッチもそうですし、プリクラもそう。スマートフォンが普及してからは、美肌補正や顔の輪郭補正、SNSのフィルターも当たり前になりました。
「この写真、多少は加工しているだろうな」
と思っていても、それだけで写真そのものを嫌いになることは、それほど多くない気がします。
もちろん、加工しすぎれば「別人じゃん(笑)」となりますが、加工という行為自体にはかなり慣れている。
一方、食べ物はどうでしょう。
例えば、あるレストランのメニューで、とても美味しそうなハンバーグの写真を見たとします。
「これ、実は別々に撮った素材を合成して作った写真なんです」
と聞いたら、少し印象が変わる人もいると思います。
さらに、
「実際にはこの状態の料理は存在しません」
と言われたら。
たぶん、かなり話が変わってきます。
食品写真は「作品」であると同時に「商品の情報」でもある
私はフードカメラマンとして料理や食品を撮っていますが、食品写真には、単純に「きれいな写真を見せる」以外の役割があると思っています。
写真を見た人は、その先で実際にその商品を買ったり、レストランで注文したりします。
写真を見ながら、
「このくらい肉厚なんだな」
「こんな焼き色なんだな」
「これくらい具材が入っているんだな」
と、無意識に実物を想像している。
食品写真は、「この商品を買ったら、おおよそこういうものが手に入ります」という情報でもあるんですよね。
だから、実際の商品にはないものを足したり、料理そのものを別のものに変えてしまったりすると、「写真をきれいにした」という話だけでは済まなくなる。
人の顔を少し補正した写真と、メニュー写真の料理を実物以上に作り変えた写真では、見る人と写真との関係がそもそも違うのかもしれません。
AIの料理は、むしろ美味しそうに作れる
ここで面白い研究があります。
2024年にFood Quality and Preferenceに掲載された研究では、実際の食品写真とAI生成の食品画像を比較しています。
その結果、画像がAIか実写かを知らせない状態では、AI生成画像のほうが視覚的に魅力的だと評価されるケースがありました。
ところが、「これは実際の食品写真です」と情報を与えると、実写画像の魅力度が高まりました。
つまり、「AIは見た目が悪いから嫌われる」という単純な話ではなさそうなんです。
むしろAIは、美味しそうな画像を作れてしまう。
完璧な焼き色。ツヤツヤのソース。ちょうどいい位置から立ち上がる湯気。
私もAI画像を見ていて、「普通に美味しそうだな」と思うことはあります(笑)。
それでも、「これは本当に存在する食べ物を撮ったものです」という情報によって評価が変わる。
フードカメラマンとしては、かなり興味深い結果です。
「AIっぽい」と感じるだけでも、食べたい気持ちは変わる
2025年にJournal of Sensory Studiesで発表された研究では、154人の参加者にAI生成食品画像と実写画像を見せ、「食べたいと思うか」「自然に見えるか」「健康的に見えるか」などを評価してもらっています。
その結果、画像を「AIで作られたものだ」と認識する度合いが高くなるほど、「食べたい」という意欲や「自然に見える」という評価が低くなる傾向が確認されました。
研究では、AI生成食品が「完璧すぎる」ことによって、加工されたものや人工的なものとして認識された可能性についても論じられています。
ここが面白いところで、
「美味しそう」と「食べたい」は、同じではないんですよね。
実際に撮影していても、料理をピカピカにすればするほど良いわけではありません。
少し焦げていたり、ソースが自然に垂れていたり、パンの形がちょっと不揃いだったり。
そういうものが逆に「ちゃんと食べ物に見える」ことがあります。
食べ物にも「不気味の谷」があるらしい
さらに2025年には、AI生成食品画像について「不気味の谷」を調べた研究も発表されています。
リアルになりきれていないAI生成食品は、明らかに非現実的な食品画像や、十分リアルな食品画像よりも「不気味」と評価され、快適さも低くなることが確認されました。
人の指が6本になっていたら「AI失敗してるな」と笑えることもありますが、肉の繊維がおかしかったり、ケーキの断面が妙につながっていたりすると、
「なんか食べたくない……」
となる。
食べ物の場合、ほんの少しの違和感が食欲に直結してしまうのかもしれません。
加工がわかる写真は、「食欲」ではなく「アート」になるのかもしれない
ただ、ここまで考えていて、もう一つ気づいたことがあります。
加工そのものが嫌なのかというと、たぶんそうでもないんですよね。
例えば、食材が空中を飛んでいたり、現実にはありえない大きさの料理が登場したり。
明らかに「これは加工されたビジュアルだ」とわかる広告を見ても、私はそれほど違和感を覚えません。
むしろ面白いな、きれいだな、どうやって作ったんだろう、と思うこともあります。
たぶんそれは、その画像を「実際に食べられるもの」として見ていないから。
加工だとわかるフード写真は、「食べたい」を直接誘う写真というより、食品をモチーフにした「アート」に近づいていくのだと思います。
もちろん、そうした写真にも広告として人の目を止めたり、ブランドの世界観を伝えたりする役割があります。
それはそれで、フードビジュアルの面白い使い方です。
私が気になるのは、むしろ「実写にしか見えないけれど、実際には存在しない料理」のほうです。
レストランのメニューを見て、
「このハンバーグ、美味しそう」
と思って注文する。
でも、その写真の肉汁も焼き色もボリュームも、実際の商品とは違うものだったとしたら。
そのとき写真は、「表現」なのか「商品の情報」なのか。
この境界はかなり重要だと思います。
じゃあ、合成やレタッチはダメなのか?
ここまで書くと、「じゃあ食品写真は一切加工してはいけないの?」と思われるかもしれません。
そんなことはないと私は思っています。
私自身、仕事でPhotoshopを使います。
ゴミを取ったり、色を調整したり、撮影時にはどうしても避けられなかったものを修正したり。必要があれば合成もします。
生成AIも使います。
最近はAIのおかげで、以前ならかなり時間がかかっていた作業が短時間でできるようになりました。
なので私自身、「実写こそ正義、AIや加工は悪」とは全然思っていません。
難しいのは、
「どこまでが商品の魅力を伝えるための表現で、どこからが実際には存在しないものを見せることになるのか」
という境界です。
例えば、撮影した料理の湯気を少し足す。
これはどうでしょう。
ソースの量を増やすのは?
焼き色を変えるのは?
本当は入っていなかった具材を追加するのは?
料理そのものをAIで作ったら?
こうやって一つずつ考えていくと、どこかで「それはちょっと違うんじゃない?」と思う境界が出てきます。
でも、その線は人によっても、写真の用途によっても違うはずです。
「AIか実写か」より、「何のための写真なのか」
ここまで考えてみると、AIか実写かだけで食品写真を分けるのは、ちょっと違う気がしてきました。
ブランドの世界観を表現する広告なら、現実には存在しない料理をAIや合成で作ることが、面白い表現になることもあります。
一方で、レストランのメニュー写真やECの商品写真なら、「これを注文したら何が出てくるのか」「この商品を買ったら何が届くのか」を伝える役割もあります。
同じAI生成や合成でも、写真の目的が違えば、見る側の受け取り方も変わる。
私はインバウンド・海外展開に特化したフードカメラマンとして、写真は言葉が通じなくても商品の第一印象を伝えられるものだと考えてきました。
特に海外向けの写真では、文章を読んでもらうより前に、写真だけで「これは何なのか」「どんな体験ができるのか」を判断されることもあります。
だから、きれいな画像を作れるかどうかだけではなく、「その写真で何を伝えるのか」は、これからもっと重要になっていく気がします。
AIが新しい問題を作ったわけではないのかもしれない
今回いろいろ調べながら考えていて、最初に思っていたことから少し考えが変わりました。
最初は、
「なぜ食べ物だけAI生成に抵抗を感じる人が多いんだろう?」
と思っていました。
でも、AIが出てくる前から、食品写真の合成に抵抗を感じる人はいました。
そう考えると、問題はAIか実写か、ではないのかもしれません。
食品写真には昔から、
「美味しそうに見せること」と「実際の商品を伝えること」
この二つの間に、ちょっと難しい境界があった。
生成AIによって何でも簡単に作れるようになったことで、その境界がものすごく見えやすくなっただけなのかもしれません。
前回の記事にたくさん反応をいただいたのも、もしかすると皆さんの中に、この「どこまでならいいんだろう?」という感覚があるからなのかなと思っています。
私自身、まだ答えは出ていません。
AIも使うし、レタッチもするし、合成をすることもある。
だからフードカメラマンとして、「AIを使うか使わないか」ではなく、「何のための写真で、どこまで変えるのか」ということは、これからも考えていきたいなと思っています。
【参考資料】
Califano, G. & Spence, C. (2024), “Assessing the visual appeal of real/AI-generated food images”, Food Quality and Preference, Vol.116, 105149.
Stright, A. et al. (2025), “A Preliminary Investigation Into the Use of AI-Generated Food Images in a Survey Asking About Consumer Perception of Appeal, Naturalness, Healthiness, and Willingness to Consume”, Journal of Sensory Studies, Vol.40.
Diel, A. et al. (2025), “Eerie edibles: Realism and food neophobia predict an uncanny valley in AI-generated food images”, Appetite, Vol.208, 107926.
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