海外では伝わりにくい日本の「余白の美」〜フードカメラマンが文化の違いを写真で実感した話〜
こんにちは。インバウンド・海外展開特化のフードカメラマン、太田笙子です。
海外向けの商品撮影を始めてから、私が何度も感じていることがあります。
それは、「日本人が美しいと思う写真」と、「海外の方が魅力的だと感じる写真」は、必ずしも同じではないということです。
特に違いを感じるのが、「余白」の考え方です。
日本では、余白があるほど上品で美しいと感じる場面があります。
でも海外では、「もっと料理を大きく見せた方がいい」「もっと情報があった方が魅力的」という考え方が好まれることも少なくありません。
この違いを知ったとき、私は「写真は文化を映すものなんだ」と改めて感じました。
■ 日本人は「何もない空間」に美しさを感じる
日本料理を思い浮かべてみてください。
お皿いっぱいに料理が盛られていることは、それほど多くありません。
料理のまわりには空間があります。
最初は「もっと盛ればいいのに」と思う方もいるかもしれません。
でも、その余白があるからこそ、料理そのものが際立ちます。
実は、この考え方は料理だけではありません。
茶道には静寂があります。
生け花には空間があります。
日本庭園には何も置かれていない場所があります。
掛け軸も、一面を文字で埋め尽くすことはありません。
日本では昔から、「何もないこと」も一つの表現として大切にされてきました。
余白は「足りない」のではなく、「あえて残している」のです。
■ 海外では「伝わりやすさ」が重視される
一方で、海外向けの撮影では違う考え方が求められることがあります。
例えば、商品の魅力を一瞬で伝えるために、商品を画面いっぱいに配置したり、人の手を入れて使い方を分かりやすく見せたり。
背景にも生活感やストーリーを加えることで、「自分が使うイメージ」を持ってもらいやすくなります。
私が海外向けの商品撮影を担当するときも、ターゲットとする国や販売方法によって構図を変えることがあります。
日本国内向けなら、余白を活かして上質感や静けさを表現する。
一方で海外向けなら、商品の存在感をより強く伝えるために、余白を少なくしたり、食卓全体の雰囲気を見せたりすることもあります。
これは「どちらが正しい」という話ではありません。
文化が違えば、「伝わる写真」も変わるということです。
■ 余白は、日本人らしいおもてなしなのかもしれない
私は最近、和菓子の正面や懐紙の折り方、器の向きなど、日本文化について学ぶ機会が増えています。
その中で共通して感じるのは、日本人は「相手に委ねる美しさ」を大切にしてきたということです。
余白があるから、見る人が想像できる。
言葉をすべて説明しないから、相手が感じ取れる。
料理も、器も、庭園も、和菓子も。
日本文化には、「完成させるのは見る人」という考え方が流れているように思います。
だから余白には、ただ空いているという以上の意味があるのです。
■ 写真は文化を翻訳する仕事
海外向け撮影では、日本人の感覚だけで写真を作ってしまうと、本来伝えたい魅力が十分に伝わらないことがあります。
逆に、海外の感覚だけを優先してしまうと、日本らしさが失われてしまうこともあります。
だから私は、「文化を翻訳する」という意識を大切にしています。
日本らしい美しさを残しながら、海外のお客様にも魅力が伝わる写真を考える。
そのバランスを探すことが、インバウンド・海外展開向けのフードカメラマンとしての役割だと思っています。
■ 余白まで写せる写真を撮りたい
料理は、料理だけでは完成しません。
器があり、光があり、空間があります。
そして、その空間には、日本人が長い時間をかけて育んできた美意識が息づいています。
写真を見た海外の方が、「なんだか美しい」と感じる一枚。
その理由は、料理そのものではなく、実は余白にあるのかもしれません。
私はこれからも、日本の食を世界へ届けるフードカメラマンとして、料理だけではなく、その背景にある文化や美意識まで写真に込めていきたいと思っています。
株式会社Light&Green 代表取締役/フードカメラマン 太田笙子



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